我が家には11歳になる犬がいます。
犬を飼うのはこの子が初めてで、最初は人間と愛情表現が違うことに慣れませんでした。
例えば、
飼い主からすればジッと見つめる=可愛くて見ていたい♡からなのが、犬は威嚇されてると感じる、
飼い主は思わず顔にチューしちゃうけど犬は歯を剥き出して全力で嫌がる、
など。
(こういう顔です)
犬からすると、この人何でボクが嫌がることするんやろ⁈ってなっていたはず。
でも困ったことに自粛しようにも気持ちが溢れるとつい顔を近づけてしまう…、を繰り返していました。
犬と人間ってまた例えが極端やな!
かもしれませんが、このすれ違い、人間同士でも当てはまる気がするんです。
愛情のカタチって様々ですよね。
・言葉で表現する人とされたい人
・行動を大切にする人とされたい人
・与えたい人と与えられたい人
・見守りたい人と見守られたい人
このようにお互いのカタチがピッタリ一致していれば関係性もスムーズで満たされたと感じます。
でもここに違いやズレがあると不満が積もって関係性に溝ができることも。
愛情は存在していて「量」はあるのに「カタチ」がズレているから生まれる不足感。
この場合はどう対処すればいいのか。
これはあくまで私が親きょうだいや夫との間で気づいたことですが、
・愛情のカタチにはバリエーションがあると知る(動機や相手の背景、目的なども含めて)
・嫌なカタチの場合は相手に嫌と伝える
・逆に嬉しいときは嬉しいと伝える
・合わせたくなければ無理に合わせない
・相手に合わすことを強要しない
・“上手に”愛そうとしない etc…
そしてコレです。
私「私にとっては♡型が愛情!」
相手「え!てっきり☆型こそが愛情だと思ってきた。」
私
こんな感じのやり取りをしたこともありました。
ただこの前に立ちはだかる壁が。
それは、
「どうせ言っても分かってくれない。変わらないから意味がない。」
という思いです。
ええ分かりますとも!!
でも、
相手に変わって欲しいという目的だけだとガッカリする可能性はありますが…。
それでもお互いを知る機会は大切ですし、この場合本音を表現(解放)することは、“自分自身への愛情表現”なんですよね。
その上で違いを擦り合わせて解消されたらめでたしめでたしです。
ただ、相手に伝えても理解されず、思いが叶わなくて味わう喪失感は大切な相手ほど辛いものです。
だから私も傷つくのが怖いこともありますが、大切な本音ほど自分のために相手へ伝えようと意識していますし、大切なことだと実感もしています。
(私が共有することに喜びを感じるタイプということもありますが。)
えー、
ちなみに現在の私と犬の関係ですが…
(2018年秋)
こんな感じです。
犬の方が私のカタチを泣く泣く受け入れてくれたのかもしれませんね…。
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