今日は相談者さんのお話から、心の奥にあるルールについてです。
セルフイメージのワークをしていると、Aさんは
私は鈍臭い
というイメージを伝えてこられました。
鈍臭いと感じるのはどんな時ですか?とお尋ねすると、誰もがうっかりしそうじゃないかな?と感じるエピソードばかりで。(ご本人にもそうお伝えしました。)
さらにお聴きしていたら、小学生のとき親御さんと公園で遊んでいる時に、逆上がりができず親御さんが鈍臭いなぁと笑いながら仰った記憶を思い出されました。
それは茶化すような笑いではなく、奮闘している我が子を愛らしいと感じているような、目を細めた温かい笑顔だったそうで、普段は無口で一緒に遊ぶなんて滅多にない厳しい親御さんにAさんはホッとして嬉しかったんだそうです。
それが少しおバカっぽくおどけて見せるきっかけかもしれませんとご自身からおっしゃられ、鈍臭い自分を嫌だと思っていたけど、その奥で実は鈍臭いままがいい、何ならその方が場を和ませられて安全と思ってたと気づかれたんです。
表層的には鈍臭い自分を何とかしたいと思っているのに、深層では鈍臭い方がいいと思ってたって。
(定期的にトークセラピーを受けられている方のお話で、個人の特定を防ぐために色んな方の事例で構成しています。)
小学生でここまで親のことを読みとろうとする子はするよなぁと思うと同時に、人間はこうして色んな出来事をきっかけに意味づけをするということを改めて感じました。
つまり〇〇すれば、〇〇でいれば
・愛される
・大切にされる
・守られる
・存在が許される
といったルールがその瞬間にできて、自分では気づかないままそのルールに従ってることがあるんですね。
ただこれらのルールはその当時の環境、年齢、時代に必要と感じたもので、大人になった、令和になった、当時とは違う今の自分には必要か。
むしろ生きやすさ、心地よさ、堂々とすることを制限するものなら、見直すとより自由にのびのびと毎日が過ごせます。
愛される、傷つかないなど特に上に挙げた理由と繋がっているものは、心が自分を一生懸命守ろうと頑張ってきたので、ルールを手放すことが怖いと感じて抵抗するかもしれません。
でも過去からのルールのバトンを終わらせることは、これまでの頑張り、傷ついた事実を否定したり無かったことにすることではないのでね、大丈夫。
もう頑張らなくても大丈夫、ルールを破っても大丈夫と分からせてあげることが大切なんです。
そんな心の奥のマイルールを手放してより私らしく在りたいと思われた方。
ルールってほんとに当たり前に、オートマティックに従ってるのでね、自分だけで気づくより色やカウンセラーの力を借りてください。
大丈夫♡気づいたら手放せますよ!
"心のことは自分だけで何とする"
まずはそれから手放してみませんか?(^^)